クラウド・ファンデングへのご協力のお願い

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2018年に藤倉氏が起訴され、東京地裁で2年間にわたる非公開の公判整理手続きを経て、昨年12月に誰でも傍聴可能な公判が開始されました。これまでの皆様の多大なご支援に深く感謝申し上げます。

 

藤倉氏は、大学在学中から「北海道大学新聞」で自己啓発セミナーの問題を取材し、2004年から宗教も含めたカルト問題を取材。その中で幸福の科学については、11年間もの長期にわたって取材を続ける唯一のジャーナリストです。このことから、今回の裁判では紀藤正樹弁護士を団長とする8人もの弁護団が弁護にあたり、会議で議論を交わしながら様々な側面からの証拠の収集・整理、憲法学者や宗教社会学者と言った専門家への意見書の依頼等と行っております。

 

大がかりで長期間の裁判となり、弁護活動費用が逼迫しているため、このたび、クラウド・ファンディングを開始いたしました。

 

クラウド・ファンディングのページはこちらです。

ジャーナリストが一般公開施設を取材したら建造物侵入罪!? 取材・報道の自由を守るための刑事裁判

藤倉氏のみならず日本のジャーナリズムの自由を守るため、すでに多大なご支援を頂いてきている中ではありますが、何卒、クラウド・ファンディング情報の拡散も含めてご支援いただきたく、お願い申し上げます。

バナーはお好みのものをブログ等に貼り付けるなど、ご自由にお使い下さい。

 

 

■ ジャーナリストが投獄される社会になりかねない

 

幸福の科学の施設のうち「精舎」と呼ばれるものは一般に公開され、誰でも自由に利用できると教団自身が公に表明しています(教団サイト「精舎へ行こう」)。藤倉氏が立ち入った初転法輪記念館も精舎の一つです。

 

ただし刑法の条文やこれまでの判例等では、施設管理者の意思に反して立ち入れば建造物侵入罪になります。藤倉氏は2012年に『週刊新潮』で幸福の科学学園が違法な教育や生徒への人権侵害を行っている実態をリポートし、幸福の科学はこれに対する報復として藤倉氏に「出入り禁止」を通告していました。

この点が、「初転法輪記念館」での藤倉氏の取材を「意思に反する立ち入り」であると主張する幸福の科学や検察側の根拠となっています。

『週刊新潮』の記事については幸福の科学学園が東京地裁に民事訴訟も起こしました。裁判所は記事の全てについて真実性・真実相当性、評論としての妥当性を認め、2016年に藤倉氏と新潮社の完全勝訴とする判決が確定しています。

しかし教団はその後も藤倉氏への「出入り禁止」を継続しました。裁判で「正しい内容である」ことが証明された記事への報復としての出入り禁止が、一般公開施設への取材を「建造物侵入罪」だと主張する理由にされています。これが幸福の科学と検察の理屈です。

これでは、ジャーナリストが一般公開施設に取材に入るためには、取材対象の言いなりになって「正しくない」記事を書かなければならないことになります。

取材の自由は、報道の自由の源泉です。取材できなければ報道できません。取材をするために「正しい記事を書かない」ジャーナリストである必要があるなら、取材できても正しい報道はできません。どちらにしても、報道は社会的な役割を果たすことができなくなります。

仮に一般公開施設への立ち入りという通常の基本的な取材手法ですら犯罪とされるとなった場合でも、ジャーナリストたちはただ萎縮するだけではないでしょう。取材の重要性によっては、犯罪者にされることを覚悟の上で取材を敢行せざるをえない場面も出てくるのではないかと思います。

ジャーナリストが一般公開施設への通常の取材活動によって逮捕・投獄される。そんな社会になりかねません(建造物侵入罪の罰則は3年以下の懲役または10万円以下の罰金)。

 

藤倉氏のみならず日本社会全体に悪影響を及ぼしかねない判決を避けるために、弁護団による弁護活動が重要です。

 

 

■ クラウド・ファンディングのリターンについて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のクラウド・ファンディングでは、MotionGalleryという、ドキュメンタリーやジャーナリズムも含めた映像クリエイターへの支援をメインとしたサービスを利用しております。藤倉氏は映画監督等ではありませんが、映像取材やネット上での映像リポートも多く行ってきました。その中には、カルト団体側からのクレームによりYouTube等から不当に削除されたものもあります。

 

そこでクラウド・ファンディングのリターンとして、クラウド・ファンディング用に制作するオリジナルトートバッグ(上の画像は完成イメージ)等のグッズのほかに、現在公開不能になっているものも含めた藤倉氏の取材映像のDVDを加えました。幸福の科学以外も含め、取材を拒んだり妨害したりするカルト集団とのやり取りを収録した映像を中心に編集する予定です。

 

「取材・報道の自由」の重要性や、それを守るためにジャーナリストが取材現場でどのように奮闘しているのかを、この映像から改めて皆さんに考えていただく機会になればと思います。

 

 

■ 各方面からの応援メッセージ

 

クラウド・ファンディング開始に際して、多くのジャーナリスト、出版関係者、幸福の科学脱会者、脱会者支援団体の皆様から、心強い応援メッセージをいただきました。皆様、ありがとうございます。

 

しかしプロジェクトページの内容についてMotionGallery側から様々な形で萎縮を求められました。報道という表現の自由に関わる裁判を支援するための表現までもが萎縮させられるというのは本末転倒で、「表現の自由」が二重に損なわれているように思えます。

 

当会としては、このようなプラットフォームのあり方にも問題を感じます。萎縮を求められた部分の大半は、修正を拒みました。しかしクラウド・ファンディングの実施を優先するため、幸福の科学脱会者と脱会者支援団体の皆様からのメッセージについては掲載を取り下げざるを得なくなってしまいました。

 

メッセージをお寄せくださった幸福の科学脱会者、脱会者支援団体の皆様には、心よりお詫び申し上げます。いずれも、幸福の科学について取材し報道することがなぜ必要なのかがわかる重要なメッセージです。この場で改めて掲載させていただきます。

 

 

幸福の科学二世信者の会代表
私は、幸福の科学の天敵である藤倉氏はカルト2世信者の人権問題を世に知らしめたジャーナリストだと考えている。特に取材力が高く、幸福の科学学園の問題について勝訴している。私も現職時代は最低の悪魔だと思っていたが、洗脳が解けた今となっては、カルト教団からの脅迫や嫌がらせに他のメディアが沈黙する中で貴重な存在だと思っている。

幸福の科学脱会者有志代表
幸福の科学を脱会し早や20年。
教団で普通に行われていることで問題を感じることが多かった。内部批判が許されない組織のため、改善されないどころか教祖による独善的な組織運営や人権侵害が行われている。


外部から一般の人に警鐘を鳴らし、社会からどう思われているか信者にも警鐘を鳴らしマインドコントロールを解除する一助となりたいのだが、教団は普通に行われていることを一般には隠し、建前のいいことだらけの教えを見せようとする。宗教法人である教団で行われていることが一般の目線でどのように思われるのか。ジャーナリストによる取材によって明らかになってもらいたいと常々希望している。


信者ではない一般の方でも自由に立ち入れる教団施設で、ジャーナリストが不法に侵入したと警察に訴えるのは取材をさせまいとする意図が透けて見える。何がそんなに問題があるのか?その施設にある大川隆法の金ピカのグッズがまずいのか?これでもかと展示してあるではないか。世間に見てもらいたいのではないか?幸福の科学は世界宗教になる野望もあるではないか。


教団施設には入り口に「どなたでも参拝できます」と記してある。「どなたでも」と言うのは嘘なのか?藤倉氏は問題のない範囲での教団取材を試みていたと思われる。


カルト宗教の問題は、幸福の科学と類似したオウム真理教が問題とされた時からの長年の問題でもある。藤倉氏のようなカルトに斬り込むジャーナリストの存在は、カルトに蝕まれている信者や信者家族には必要でありがたい存在である。
このようなやり方の取材の弾圧は許されるべきではない。藤倉氏の裁判を応援したい。

RSFI MAIKA

セクトの犠牲者である家族と個人を支えるネットワーク代表
幸福の科学は、脱会者の告白や批判的報道を封じるためには訴権の濫用も平然と指示するような教祖を奉る、宗教を隠れ蓑にした反社会的セクト団体です。立宗初期からのこうした資質は今なお変化することなく、今日では教団の独善的な教育事業の結果として、無自覚に人権を侵害された二世信者の被害を拡大させていますが、こうした実態が世に知らしめられる機会は全く十分ではありません。これはメディアやジャーナリストの中に、幸福の科学による異常な抗議行動の印象がトラウマのようにまとわりついている影響によるもので、言論空間の委縮はセクトの思う壺と言って良い状況でありましょう。


あまつさえ無関心を装うジャーナリストや、教団の顔色を窺って唯々諾々とその主張を垂れ流すだけの広報のようなメディアさえ存在する中で、藤倉善郎氏とは2011年12月に取材を通じて出会い、以来さまざまな問題の検討や脱会被害者の支援の現場で問題意識を共有しながら、ジャーナリストとしての一貫した姿勢に強い信頼をおいてきました。同氏の努力や犠牲がなければ、世に知らされなかった事実、救われなかった人権が確実に存在します。


親類縁者に信者が現れたり、教団と直面することになってしまった方々の相談に応じる場面では、「まさか自分の身の回りに起きるとは考えていなかった」といった言葉を聞くことが少なくありません。誰しもがセクトによって平穏な生活を蹂躙される可能性がありえるのです。どうか想像してみてください。そんなとき隠された実態を暴くことができなかったら、被害の声を届けることができなかったらと。


さらに、現在のこの事態は単にこの教団の問題であるばかりでなく、他の反社会的性質をもった団体や権力者に恣意的に利用される危険も内包しています。この審理は、そうした戦いであることを、是非広くご理解頂きたいと思います。